今も浜名湖に時を忘れて眠るのか・旧日本陸軍の幻の四式中戦車チト


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1942年の対米開戦の翌年に、陸軍の「九七式中戦車チハの後継戦車の開発計画が始まりました。
計画は二つあり47mm砲を搭載の一式中戦車チヘと57mm砲を搭載の四式中戦車チトでした。
陸軍の戦車の役割は欧米諸国の戦車戦を目的にしたものでは無く歩兵を支援するものでした。

しかし、欧米の列強の75mm砲を搭載した戦車が登場すると追従する形で開発に着手しました。
そして、この四式中戦車チトは対戦車戦を目的として計画された攻撃型の戦車だったのです。
1944年に計画の57mm砲から75mm砲に換装した四式中戦車チトの生産が開始されました。

そして、1945年に四式中戦車チトが完成し陸軍は欧米の戦車と肩を並べる戦車が出来たのです。
しかし、日本はすでに資材の鉄不足に陥っており量産化することは出来ませんでした。
1945年の終戦時には生産型の2台が完成していたと言われています。

ちなみに日本陸軍の戦車名のチハとかチトの意味はチが中戦車を表しています。
次のハやトは、開発された順番をイロハニホヘトで表し数字の1、2,3の意味になります。
また、一式や四式の数字は、正式に採用された年(皇紀元号)の下の数字が使われています。

四式戦車チト 浜名湖

四式中戦車チト            今もここ浜名湖に時を忘れて眠るのか

この四式中戦車チトが浜名湖の北の猪鼻湖に終戦時に遺棄沈められたことが判明しています。

現在、地元の有志により湖底を磁気探査して歴史的遺産「幻の戦車」の探索が続けられてます。

70年が過ぎ今も浜名湖の湖底に幻の戦車チトは静かに時を忘れて眠っているのでしょうか。

しかし、残念なことに未だ発見されてはいません。


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